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放課後の読書クラブ

第11回 ノンフィクションを読む 後編

戦争を読んで戦争を書く

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 わたしの暮らしている村の名は、ウッドストックという。

 1969年、ヴェトナム戦争に反対する若者たち約40万人が集結した、ロックフェスで知られている土地だ。別名を「ロックの聖地」ともいう。

 今から28年前の原爆記念日にアメリカに移住し、ラブ&ピースの象徴と言えるウッドストックで暮らしているわたしは情けないことに、大学時代も、社会人になってからも、反戦思想はもちろんのこと、なんの思想も抱かず、ただのほほんと生きてきた。

 もしかしたら、みなさんと同じかもしれないけれど、わたしにとって「平和は当たり前」で「空気のようなもの」だった。両親は生まれたときから15歳まで、日中戦争と太平洋戦争を生きてきた人たちだったというのに、わたしは両親の話に耳を傾けようともしないまま成長した。

 小説家として、戦争というテーマに興味を抱くようになったきっかけは、2012年から書き始めた『アップルソング』という作品だった。

 この作品を書くためにわたしは生まれて初めて、みずから「戦争について知ろう」とした。56歳のときだった。

 『アップルソング』は、敗戦直前の空襲の瓦礫のなかから救い出された赤ん坊が10歳になったとき渡米し、幾多の困難をくぐり抜けながら、アメリカで道を切りひらいていく冒険物語(だとわたしは思っています)である。

 この作品を書くためには、少女の将来の職業を決めなくてはならない。

 何がいいだろう? ブロードウェイでダンサー? ミュージシャン? オペラ歌手? 絵描き? デザイナー? 俳優? 作家? 何かもっと冒険的な仕事にしたい。

 ふっと浮かんできたのが戦争報道写真家だった。

 彼女を世界各地の戦地や紛争地へ行かせて、そこで彼女に戦場の写真を撮らせれば、万華鏡のような物語になるかもしれないと思った。

 それからはもう、毎日のように、朝から晩まで、戦争文学にのめりこんだ。

 戦争を読みながら戦争を書き、戦争を書きながら戦争を読む。

 そんな日々に出会った一冊が『私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった』(サラ・ウォリス&スヴェトラーナ・パーマー 編著/文藝春秋刊)である。

 第二次世界大戦中に子ども時代を送った、16人の少年少女の手紙、日記、手記などをまとめたもので、それらを読みながら、戦争の歴史がたどれるようになっている。

 世界中の子どもたちの「なまなましい声」を集めた本書には、ドイツ語、フランス語、ポーランド語、ロシア語、英語、そして日本語が登場する。日本語版の本書では、それぞれの言語の専門家が翻訳し、特攻隊員の東大生と、飛行場の近くの牛乳屋の少女との交流が描かれた日本語の手紙については、オリジナルのものが収録されている。

 これは画期的な作品だと思った。

 たとえば、ナチスドイツのユダヤ人虐殺について、ユダヤ人の立場から書かれた本は数多あまたある。けれども、そのとき、ドイツの子どもたちは、アメリカの子どもたちは、いったいどんなことを思い、どんな生活を送っていたのかについて、書かれた本はほとんど見かけない。

 戦争を、被害者の立場からだけではなくて、同時期の加害者の立場からも見せている、という点において画期的だとわたしは思った。

 そういう意味からすれば、日本の少年少女にとどまらず、同じ時期に戦争を生きぬいていた、朝鮮半島や中国や東南アジアの子どもたちの「声」も集めてほしかった。

 『枯葉剤は世代をこえて ───ベトナム戦争と化学兵器の爪痕』(亀井正樹 写真・文/新日本出版社)も忘れられない一冊である。

 これは写真集だが、写真こそがノンフィクションである、とも言えるだろう。

 『アップルソング』の主人公を戦争報道の世界へ引っぱりこんでいく重要な脇役を造形するために、ヴェトナム戦争関係の本をかたっぱしから集めて読んでいたときに出会った。

 ページをめくれば、目をそむけたくなるような写真が次から次へと出てくる。

 しかしそれは同時に、わたしたち日本人がしっかりと目をあけて、見すえなくてはならない写真である。

 戦争は、ここにある。

 戦争は兵士を殺すだけにとどまらず、子どもたちをも殺す。体だけではなくて、心をも殺す。そのことを雄弁に語っている写真たち。

 亀井さんは1965年生まれの写真家で、通信社の写真部で仕事をしているころから、社会・労働・平和問題などをテーマにして取材を重ねてきた。2004年から10年あまり、毎年ヴェトナムを訪れて、枯葉剤による被害に苦しむ子どもたちの写真を撮りつづけてきた。成長していくにつれて、症状が悪化している子どもたちも多いという。

 枯葉剤というのは、ヴェトナム戦争中、アメリカ軍がヴェトナムに散布した化学兵器である。枯葉剤には猛毒のダイオキシンがふくまれているため、ひとたび人間の体に入りこむと、長きにわたって体をむしばむ。さらに恐ろしいことに、その子孫にまで影響を与えつづける。枯葉剤の被害者は、亡くなった人をふくめて300万人にも及び、今もなお、苦しんでいる人たちがいるという。

 本書のまえがきに、こんなことが書かれている。

 枯葉剤作戦は第二次世界大戦末期、対日作戦として考案された。原爆の使用が優先されたため日本への散布は行われなかったが、8月15日以降も日本が降伏しなければ四国から本州の稲作地帯への散布が行われていたかもしれない。その意味では決して対岸の火事ではない。ましてベトナム戦争では、日本はアメリカ軍に基地を提供して加担した側である。

 これだ、とわたしは思った。

 わたしたち日本人が戦争を読み、書き、考え、戦争を語ろうとするとき、忘れてはいけないことは、戦争は遠い外国で起こっていることでもなければ、遠い過去に起こったできごとでもなく、今現在、身に迫っている危機であるということ。

 集団的自衛権が存在している限り、アメリカが戦争を起こせば、日本も自衛隊を派遣しなくてはならなくなっている。憲法では戦争を永久に放棄していながらも、日本の子どもたちが将来、戦争に加担させられる可能性は、決して薄くはない。

 自虐的な歴史観を持つ必要もないし、子どもたちが過去の戦争を反省する必要もないとわたしは思うけれど、戦争を知る、しかも、被害者と加害者の両側面から知る必要があると思う。つまり、日本は、原爆を落とされた、世界で唯一の被爆国であるという認識を持つと同時に、かつて朝鮮半島、中国、東南アジアを侵略した加害国でもある、という認識。

 日本の戦後の復興と高度成長は、朝鮮戦争によって可能になったのだし、亀井さんも書いているように、日本はヴェトナム戦争中、基地の提供をしていた。さらに、ナパーム弾に使われたナパームの製造も日本がおこなっていた。

 戦争とは、戦地で戦うことだけを意味していない。

 『アップルソング』を世に送りだしたあと、わたしは、子どもたちに戦争を伝える本を書きたいと思うようになった。わたしの両親(現在、89歳と88歳です)のように、戦争を経験している世代の人たちは年々、少なくなっていく。そうなったときに、だれが戦争を語りついでいき、平和のたいせつさを説いていくのか。これは作家の仕事であり、使命ではないかと思った。今、この瞬間も、そう思っている。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

はじめに読んだ時は、木のレッドと動物が、おもしろい会話をしていて、楽しく読んでいました。でも、どんどんページをめくると「友達の作り方」や「強い友情」の言葉が書かれており、心に強く刻み込まれるものがありました。とても興味深い、物語でした。(11歳・お母さまより)

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