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放課後の読書クラブ

第9回 恋の物語 後編

むかしむかしの恋

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 このエッセイを書くために、昔、読んだ恋の物語を読みかえしてみようと思いたち、本棚の前に立ってみた。

 わたしの本棚には、現代の作家の書いた恋愛小説がぎっしりと詰まっている。まさに、りどりみどり。「恋愛小説書店」でもオープンできそうなほど。

 しかしわたしは「恋愛小説」ではなくて「恋の物語」を読みかえしたい。

 恋愛小説と恋の物語は、どこがどう違うのか。

 これについては、また別の機会に書きたい。旅行と旅、少女と女の子、の違いみたいなもので、個人的な感覚に過ぎないような気もする。

 何はともあれ「恋の物語」である。

 一生けんめい探しているうちに、こんな一冊を見つけた。古い本である。

 『美しい恋の物語 ちくま文学の森1』────発行されたのは1988年2月。

 目次を開くと、島崎藤村、堀辰雄、尾崎翠、アンデルセン、ヘッセ、モーパッサン、フォークナー、リルケ、菊池寛、スタンダール、バルザックなどの名前が並んでいる。

 これだ、と、ひらめいた。

 わたしが読みかえしたかったのは「むかしむかし、あるところに……」で始まるような恋の物語────言いかえると、恋の昔話────だったのだ。

 アンデルセンの書いた「柳の木の下で」を読んでみた(どんなお話なのか、すっかり忘れていたので、読みかえす、というよりも初めて読んだという感じ)。

キェーエの町のあたりは、一帯にたいへんさむざむとしたところです。もっとも、町は海岸にあって、それだけはいつもよい点だと思うのですけれど、ほんとうはもっとよくなってもいいと思います。町のまわりは広々とした平野で、はるかかなたの森のほうまでつづいています。しかし、人間はひとつところにちゃんと住みつくと、そこに何かよい点を見いだすものです。そして、後に世界で一番美しい場所へ行っても、昔の場所が恋しくなるものです。そこで、こういう話が生まれるのです。

 これが作品の冒頭。ここから「こういう話」────恋の物語が語られていく。

 主人公は、クヌートという名の男の子。

 恋の相手は、ヨハンネという名の女の子。

 ふたりの家は隣同士で、両親たちにも交流があり、ふたりはおさないころから、町はずれにある家の庭や道で仲よく遊んでいた。ヨハンネは「銀の鈴をふるうようなきれいな声」の持ち主で、クヌートは、柳の木の下でヨハンネの歌声を聴きながら、恋心をつのらせていく。しかし、幸せな日々は長くつづかない。ヨハンネの母親が亡くなり、父親が再婚することになって、父と娘はコペンハーゲンへ。ふたりは「悲しがっておいおい泣きました」。やがて、成長したクヌートは靴職人になって、コペンハーゲンへ。

 コペンハーゲンで再会したとき、クヌートは19歳の靴職人に、ヨハンネは17歳の歌手になっていた。クヌートはヨハンネに、結婚の申しこみをしようと決心する。しかし、アンデルセンは容赦なく、ふたりを引きはなす。再会の喜びにひたっている暇もなく、クヌートはヨハンネから別れを告げられる。ヨハンネは、歌の勉強をするために、フランスへ旅立つことになったという。

クヌートには、世界がばらばらになったように思われました。今まで考えていたことが、ときほぐされたひものように、風の前に意気地なく吹き散らされてしまいました。クヌートはしばらくそこにいました。それは、みんなにすすめられたからかどうか、自分ではわかりませんでした。でも、みんなは親切にやさしくしてくれましたし、ヨハンネはお茶を出したり、歌をうたったりしてくれました。けれどもその歌には以前のような響きはありませんでした。もちろん申しぶんなく美しい声でしたけれど。クヌートの心のなかはに砕けるようでした。こうしてふたりは別れることになりました。

 ここまでがこの物語の前半。後半から最後までのストーリーについては、ここには書かない。ハッピーエンドになるのか、それとも、悲劇で終わるのか? 

 少しだけ種明かしをすると、後半では主にクヌートの旅の話が語られる。

 行きついた先は、ふるさとのキェーエの町はずれの柳の木の下。そこで、彼はこんな思いにかられる。

わずか一時間のうちに、人間は一生を生きぬくこともできるのです!

 この一文に、わたしはノックアウトされた。

 これこそが「恋というもの」の真実ではないかと思ったのだ。

 アンデルセンさん、お見事、と言いたくなった。

 『人魚姫』『マッチ売りの少女』『みにくいアヒルの子』『雪の女王』などの童話作家として知られるハンス・クリスチャン・アンデルセンは、1805年、デンマークで生まれた。父親は靴屋さん。家は貧しかったようである。14歳のとき、歌手になることを夢見てコペンハーゲンへ出ていったがうまくいかず、作家を目指すようになる。当初は、旅行記を書こうとしていた。28歳から29歳にかけて旅をした、イタリアでの体験をもとにして書いた長編小説『即興詩人』が世に認められ、その後、童話作家として創作を重ね、世界的な名声を得る。発表された童話は150編あまり。「柳の木の下で」は、48歳のときに書かれている。生涯、独身だった。

 いかがですか? ここまで読まれたあなたには、すでにおわかりですね?

 靴屋さん、歌手、コペンハーゲン、旅、生涯独身。

 「柳の木の下で」もやはり、アンデルセンの体験をもとにして語られた恋の物語。「一時間で一生を生きぬくことができる」という一文は、アンデルセンの人生から生まれた。だからわたしの胸を貫通したのだろう。

 最後にちょっと、りんごの木の下で、わたしといっしょに遊びましょうか。

 島崎藤村が25歳のときに書いた詩「初恋」────1897年(明治30年)に発表された詩集『若菜集』に所収────を、現代の10代の女の子の視点で書いたらどうなるか?

 60代のわたしが想像力で、挑戦してみました。

 

長い前髪をかきあげているきみを

りんごの木の下に見つけたとき

なぜかわたしの胸はときめいて

何かが始まる予感がした

 

これ、あげるよと言って

青いりんごの実を手渡してくれた

きみのやさしいまなざしに

わたしの頬はピンクに染まって

はじめての恋が生まれた

 

今ではわたしのため息が

きみの髪にかかるほど近くにいる

なんて楽しい恋の時間

飲んではいけないお酒に酔ってる

 

きょうもりんご畑を歩きながら

ねえ、この木の下のこの細道は

いったいどうしてできたんだろうねと

笑いながら問いかけるきみが好き

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

白狐魔記シリーズは歴史の苦手な私でもとても面白く、あっという間に読んでしまいます。このシリーズがずっと続くといいな、と思います。誠実な狐にとても好感が持てます。偕成社さんは子供に本当に必要な本を頑張って出して下さっていて感謝です。児童文学がすたれてしまわないように祈ります。児童文学は貴重な財産です。(14歳・お母さまより)

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