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放課後の読書クラブ

第7回 作家になるためには 後編

虹色のバイブル

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 わたしの「好きなテーマ」で書かれている「好きな本」を3冊、紹介しよう。

 読んでも読んでも飽きることのない、何度も何度も読みかえしている3冊の本。

 座右の書、あるいは、わたしにとってのバイブルとも言えるこの3冊のテーマは、ほかでもない「作家になるためには、どうすればいいのか」である。

 渡米後、新人賞をいただき、小説家として歩きはじめたものの、仕事はまったくうまく進まず、途方に暮れていた時期に、この3冊に出会った。

『本を書く』(アニー・ディラード 著/柳沢由実子 訳 1996年刊)
『若い小説家に宛てた手紙』(バルガス=リョサ 著/木村榮一 訳 2000年刊)
『スティーヴン・キング 小説作法』(スティーヴン・キング 著/池央耿 訳 2001年刊)

 刊行年から計算すると、およそ20年間。

 わたしはこの3冊を折に触れ、くり返し、読みかえしてきた。

 机の上から取りあげて、3冊を順番に開いてみると、どの本も、ページが虹色に染まっている。

 赤、黄、緑、ブルー、紫、オレンジ、水色────。

 色とりどりのマーカーで、そこら中に、線が引かれている。読みかえすたびに、違ったところに感銘を受け、受けたところに違った色で線を引いたから、こうなった。

 きっと、今夜ふたたび読みかえしたら、また新しい色が増えるだろう。

 小説家として暗中模索の状態にあったときには、なんらかのヒントを得たいと思って読んだ。藁にもすがるような気持ちで、読んだこともあったに違いない。

 2006年以降、今日まで、小説家としてなんとか生計が立てていけるようになってからも、わたしはこの3冊を読みかえしている。

 それほどまでに、このテーマが好き、ということなのだろう。小説家になってもなお「小説家とは?」「小説とは?」「書くこととは?」「読むこととは?」というテーマに興味があるのである。

 なぜ人は本を読むのか、について、アニー・ディラードはこう書いている。

 なぜ人は、大きなスクリーンで動きまわる人間たちを見るのではなく、本を読むのか。それは本が文学だからだ。それはひそかなものだ。心細いものだ。だが、われわれ自身のものである。私の意見では、本が文学的であればあるほど、つまりより純粋に言葉化されていて、一文一文創り出されていて、より創造力に満ちていて、考え抜かれていて、深遠なものなら、人々は本を読むのだ。本を読む人々は、とどのつまり、文学(それが何であろうとも)好きな人々である。彼らは本にだけあるものが好きなのである。いや、彼らは本だけがもっているものを求める。もし彼らがその晩映画を見たければ、きっとそうするだろう。本を読むのが嫌いなら、きっと読まないだろう。本を読む人々はテレビのスイッチを入れるのが面倒なわけではないのである。彼らは本を読むほうが好きなだけだ。そもそも本を読まない人々に気に入ってもらおうとして何年も苦労して本を書くなどということ以上に悲しい試みがあるだろうか。

 作家を志す人たちに、スティーブン・キングはこう語っている。

 作家を志すならば、何を措いても怠ってはならないことが二つある。よく読み、よく書くことである。私の知る限り、この二つを避けて通る近道はない。
 私は遅読だが、それでも、一年に七、八十冊は読む。ほとんどは小説である。好きで読むのであって、仕事の参考にする気はない。読むのは夜、書斎の青い椅子が決まりの場所である。人の作品を読んで技巧を盗もうなどという下心はかけらもない。小説が好きで読んでいる。とはいうものの、読めば何かしら学ぶところがある。概して優れた作品よりも、出来の悪い作品に教えられることが多い。

 このあとにつづく数ページのなかで、わたしが緑と黄色のマーカーをぐいぐい引っぱっているのは────

────読書体験を重ねることで、凡庸な作品や、話にもならない愚作を見る目が養われる。

────数多く読んで、絶えず自分の作品に手を加える努力が独自の文体を生むのである。

────読むことは、作家の創作活動の柱である。

────弛まぬ読書は、自意識を忘れて書くことに没頭できる場所へ人を誘い込む。

────先人が何をしてきたか、まだ誰も手をつけていないことは何か。何が陳腐で、何が新鮮か。ページの上で何が動き、何が効果を失って埋伏するか。こうしたことを判断する力はすべて読むことによって養われる。

 さて、作家になりたいあなた、これで「どうすれば作家になれるのか」がわかってきたのではないでしょうか。

 キング氏は、作家志望者に「毎日、四時間から六時間を読み書きに充てることを勧める」と書いている。まったく同感である。

 これは嘘のような本当の話、なのだけれど、わたしの場合、前の夜の読書が足りていなかったら、翌日の執筆は絶対にうまくいかない。逆を言うと、前の晩にしっかり本を読んでおけば、翌日の仕事は、嘘みたいにすらすら進む。読書なくして、作家の仕事は成立しない。

 バルガス=リョサも、こう語っている。

(前略)一貫性と必然性を備えた文体を身につけなければ、小説家にはなれませんし、あなたもそのような小説家になりたいと願っておられるわけでしょう? それなら、まずをさがし、見つけだすことです。すぐれた文学書をたくさん読まないと、豊かで伸びやかな言葉が身につきません。ですから、とにかく本をたくさん読んでください。

 最後に「作家になりたいあなた」へわたしから、リョサ氏のこんな言葉を贈りたい。

(前略)文学の仕事というのは、暇つぶしでも、スポーツでも、余暇を楽しむための上品なお遊びでもありません。他のことをすべてあきらめ、なげうって、何よりも優先させるべきものですし、自らの意志で文学に仕え、その犠牲者(幸せな犠牲者)になると決めたわけですから。奴隷に他ならないのです。(中略)ものを書くというのは美しいが、多大の犠牲を強いるものであり、それを仕事として選びとった人は、生きるために書くのではなく、書くために生きるのである、となるでしょう。

 

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

バス好きの子なので、バスのタイトルにひかれ手にしました。「ピンポン」とバスの案内で子どもがあきずに最後までくいついてみていました。絵も都会の景色から田舎の景色へとかわり、最後の山の影を走るバスと夕やけの姿が印象的で好きです。(3歳・ご家族より)

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