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放課後の読書クラブ

第5回 犬の物語 後編

犬にことばが話せたら

「読むこと」をテーマに、自身の読書体験、おすすめの本などについて、作家・小手鞠るいさんが語ります。

 今年の2月に、森絵都さんにお目にかかることができた。

 森絵都さん、古内一絵さんとごいっしょに、「私たちの時代、私たちの表現」と題されたシンポジウムに、私も出席させていただいたのである。

 そのとき森さんが『おいで、一緒に行こう』という作品について、こんなお話をされていたのが強く印象に残った。

 「この作品は増刷されなかった。なぜなら、犬に関心のない人はこの作品を読もうと思わないから。そして、犬が好きでたまらない人もまた、この作品に手を伸ばさないから」

 間違いなく、わたしは後者だった。

 『おいで、一緒に行こう』は、森さんの体験記であり、ノンフィクションであり、事実に基づいて書かれた現場レポートでもある。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、引きおこされた福島原発事故。その周辺地区から人々が避難したあとに、取りのこされた犬や猫や生き物たちを救いだすために活動している人たちに同行する形で、森さんは危険な区域にまで踏みこんでいって、取材を重ねている。

 わたしは『風に舞いあがるビニールシート』を読んで以来、森絵都さんの作品の愛読者だったから、この本が出たことは、もちろん知っていた。

 けれども、犬たちや猫たちが福島で悲惨な状況に置かれている、という現実から目を逸らしたくて、目を向ける勇気がなくて、つまり読むのがこわくて、長いあいだ、手を伸ばさないままでいた。

 日本帰国の旅を終え、アメリカにもどってから、すぐに注文して入手した。

 心の底から、読みたいと思った。森さんとじかにお話をし、森さんのお人柄に触れる機会をいただいたせいである。この作家の書いた「かわいそうな犬のお話」を、わたしは読まなくてはならない、読まずにはいられない、と思った。

 読みおえたあと、あわてて『君と一緒に生きよう』を注文して読んだ。

 『君と一緒に生きよう』は『おいで、一緒に行こう』よりも前に書かれている作品で、人に捨てられた犬、捨てられて野良犬になった犬などの保護活動をしている人たちが紹介されている。同時に、捨てられた犬たちが毎日のように保健所で、信じられないほどたくさん、信じられないような残酷な方法で、殺されている、という事実についても、書かれている。

 この2冊を読んで以来、人間、人間社会、国家に対するわたしの考え方は、以前にも増して、懐疑的になった。それまでにもじゅうぶん懐疑的であったのだけれど、それがさらに、ということだ。

 犬たちを救おうと一生懸命になっている人たちの陰には、どんなに残酷な方法で殺されるのかを承知で、犬や猫を保健所に捨てに行く人たちがいる。

 このような「人間」を、わたしはどうすれば、信じることができるというのか。

 森さんは書いている。『君と一緒に生きよう』から引用する。

 今も多くの地方で施行されている定時定点回収。これは、飼い主から不要の烙印を押された犬猫たちを、保健所の車が回収してまわるサービスだ。車に乗せられた犬猫たちは保健所へ運ばれ、殺処分を待つ身となる。
 無慈悲な話だ。が、犬を捨てる人は、どこにでも捨てる。回収車がなければ山に捨てる。川に捨てる。道端に捨てる。捨てられた犬は野生化し、また新たに殺処分の対象となる命を産み落とすかもしれない。

 この恐ろしい連鎖を生みだしているのは、人間である。

 「野良犬」「野良猫」は、もともとは、だれかに飼われていた動物たちなのだ。

 なぜ、こんなことが起こるのだろう。殺処分。こんなことが起こっているのを、黙って見ていていいのか。いや、そうではない。こんなことが起こされているのを、わたしたちは隠されて、見えないようにされているのだ。

 森さんは怒り、嘆いている。わたしも怒り、嘆いている。

 わたしにできることはなんだろう、と、考えた。今、こんなことを思っている。

 犬や猫を捨てているのは、子どもじゃない。大人だ。大人に向けて何を言っても、むなしいだけだ。だからこれから、わたしは、若い人たちに向けて、子どもたちに向けて「犬や猫を捨てないで」と、声を大にして言いつづけよう。

 この文章を読んでいるみなさん。みなさんはきっと、十代か、二十代の若者でしょう。わたしはみなさんに、犬や猫を捨てる大人になってほしくないのです。

 保健所で、どんな残酷なことがおこなわれているか。

 森さんの2冊をぜひ読んで、自分の目で確かめてほしい。

 森さんは、小学生や中学生が読んでも理解できるような軽妙達意の文章で、ときにはユーモラスに、ときには冷徹に、優しく、易しく、犬や猫を取りまく日本の現状をあぶりだしている。

 かわいそうなお話ばかりではない。愉快なお話。くすっと笑って、ほんわかと幸せになれるようなお話。かわいい犬たち、ひょうきんな犬たちのお話もたくさん読める。

 ノンフィクションというジャンルにふくまれるこの2冊を、わたしは「物語」として読んだ。なぜなら森さんは、動物への愛を物語っているから。森さんは犬と猫のかわりに、彼ら・彼女たちの思いを書きつづっているから。

 物語の力を、ことばの力を、わたしは信じている。人間(とくに大人)なんて信じられない、と思う一方で、わたしは人の書いた物語を信じたいと思っている。

 もしも犬がことばを持っていたら、もしも猫がしゃべれたら、飼い主から捨てられ、殺される直前に、迫りくる死の恐怖のなかで、いったいどんなことばを発するだろうか。

 飼い主に見捨てられた犬や猫は、それでも、こう言うのではないだろうか。

────あなたが好きです。

────あなたを信じています。

────ぼくを迎えに来てください。

────わたしを殺さないでください。

────あなたといっしょに暮らしたいのです。

────あなたといっしょに暮らせて、幸せでした。

────ありがとう。大好きです。さようなら。

 これがわたしの想像する、犬と猫の最後の「ことば」である。

 きょうも保健所で、殺されている犬や猫がいる。かわいい犬。かしこい猫。無邪気な犬。天真爛漫な猫。わたしたちと同じ重さの命を持っている。愛すべき、愛されるべき存在。きょうも、どこかで、犬や猫を捨てている人がいる。

 そんな大人に、どうかならないで下さい。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。同志社大学卒業。小説家。詩とメルヘン賞、海燕新人文学賞、島清恋愛文学賞、ボローニャ国際児童図書賞などを受賞。2019年には『ある晴れた夏の朝』(偕成社)で、子どもの本研究会第3回作品賞、小学館児童出版文化賞を受賞。主な作品に『エンキョリレンアイ』『きみの声を聞かせて』『アップルソング』『思春期』『初恋まねき猫』『放課後の文章教室』『空から森が降ってくる』など多数。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。

今日の1さつ

すごく上手に陽菜子の生活や気持ちなどがかかれていて、とてもおもしろい本でした。この本、好きです。(10歳)

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