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たまねぎとはちみつ

最終回

冬(8)

 俊太も貼り紙を見て、千春と同じことを考えたようだった。千春はのろのろと首を横に振った。
「なにそれ?」
 顔を上げた俊太が、千春の手もとを指さした。
「鳥?」
 答えるかわりに、千春はクルピを口にあてた。俊太は目をまるくして、千春をながめている。
「笛か?」
 おじさん、ちゃんと聞こえてる? 
 泣きそうになるのをがまんして、千春はひたすら笛を吹く。ひっそりと静かな路地に、可憐な音が響きわたる。
 ねえおじさん、会いたい誰かを思い浮かべながら吹けば、この音は相手に届くって言ってたよね? さっきからずっと、おじさんのことだけを考えて吹いてるのに、どうして来てくれないの? 
 頭の中でおじさんに文句を言ったところで、どくんと心臓がはねた。
 おじさんは、相手にその音が聞こえる、と言ったのだった。そのひとが会いにきてくれる、ではなくて。
 千春はクルピを持った手をだらりと下げた。
「なあ、長谷川」
 俊太がもどかしげに言いかけて、不意に口をつぐみ、首を伸ばした。きょろきょろとまわりを見まわしている。
「あれ?」
 千春の耳にも、聞こえた。息を詰め、じっと耳をすます。
 ついさっきまで、千春のクルピが奏でていたのとそっくりな音が、どこからか風に乗って流れてくる。鳥の鳴き声とも似ているけれど、ちょっとちがう。もう少し低くて、鋭くて、くっきりと澄んでいる。なぜだか、とてもなつかしい感じがする。
 袖口でぐいぐい目もとをこすってから、千春は再びクルピを吹きはじめた。ふたつの音色がまじりあい、やわらかい和音になって、そよ風に溶けていく。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

100かいだてシリーズのおかげで50までしか数えられなかった娘も楽しみながら100まで数えられるようになりました。「かめのおばあちゃんはなんかい?」「100!」本に感謝です。(読者の方より)

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