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たまねぎとはちみつ

冬(7)

 おじさんがフォトフレームを目で示し、
「右のほうな」
 と言い添えた。
「右?」
 千春は思わず聞き返した。
「じゃあ、左は?」
「それはミホコ。似てるよな、さすが親子だ」
 写真が送られてきたのは、おじさんにとっては予想外だった。昔、娘が中学生のころに、最近の写真を送ってもらえないかと頼んで断られたことがあったからだ。奥さんが言うには、お父さんに写真をあげてもいいかと当人に確認したところ、同意が得られなかったという話だった。
「いくら親でも、本人の意思を無視するわけにはいかないって言ってな」
 とはいえ今回は、おじいちゃんに写真を送ってあげてもいいか、と赤ん坊に質問するわけにもいかない。
 おじさんの奥さんは、孫のかわりに、保護者である娘に意見を求めることにした。特に反対されませんでした、あの子も親になって少し心境が変わったのかもしれません、と手紙にはしたためられていた。
「最初は、写真をもらえただけでもうれしかった。でも、毎日ながめてるうちに、だんだん実物も見たくなってきて」
 フォトフレームを見つめながら、おじさんはつけ足す。
「この子と、それから、母親になったミホコの」
 ちょうど、手がけている仕事が年内で一段落して、いったん日本に帰ることになっていた。次の配属先は、年が明けてから上司とも話しあった上で決まるはずだった。つまり、次の年の予定はまだなにも入ってなかった。
「そんなことってめったにないんだよ。普通は、今やってる工事が終わるより前に、次の行き先の話が進んでる。少なくともおれは、入社以来ずっとそうだった」
 絶妙のタイミングだった。この機会にしばらく日本でゆっくり過ごすのもいいかもしれない、とおじさんは考えた。科学者の端くれとして、運命だの神の導きだのはおおむね信じていないけれど、この偶然には心が動いた。
 礼状を書くという名目で、おじさんは奥さんに娘の住所を教えてもらった。訪ねていくつもりだと打ち明けるつもりはなかった。もしそんなことを言ったら、きっと奥さんは娘の「意思」を確認するだろう。
「ミホコに知られて、拒絶されるのがこわかった」
 おじさんは小さな声で言う。
「それくらいなら、なんにも言わずにおいて、遠くからそっと姿を見るだけでいいと思ったんだ」
 そのようにして、おじさんはこの街へやってきた。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

100かいだてシリーズのおかげで50までしか数えられなかった娘も楽しみながら100まで数えられるようになりました。「かめのおばあちゃんはなんかい?」「100!」本に感謝です。(読者の方より)

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