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たまねぎとはちみつ

冬(7)

「そのとき、ミホコは小5だった」
 千春は小さく息をのむ。わたしたちとおんなじだ。
「はじめは、おれのことをけっこう恨んでたらしい。そりゃ恨むよな、そんな大変なときに放ったらかしにされて」
 想像してみる。もしも大きな地震があって、お父さんがたまたま仕事の都合で家を空けていたとしたら、たしかに心細いだろう。それも当日だけではなく、その先も長いこと帰ってきてくれなかったとしたら。
「あいつ、最後に会ったときも、ほとんど口を利かなかった」
 しかたないよな、とおじさんは力なく笑う。
 悪いのはおれだ。だから決めた。ミホコのほうから会いたいって言ってもらえない限り、連絡するのはよそうって。でもやっぱり、心の底ではまだあきらめきれてなかったんだな。いつかまた会えるって信じて、さよならは言わなかった。
「もともと、さよならって言葉は苦手でな。なんかこう、さびしくないか? 一生の別れみたいで」
 そう言われて思い返してみれば、千春もおじさんに「さよなら」と声をかけられたことは1度もない。別れ際、おじさんはいつも、さよなら以外の言葉を使っている。じゃあな、とか、また今度、とか。
「じゃあまたな、元気でな、って言って、おれはふたりと別れた。ミホコには返事してもらえなかったけど」
 その後も、数年に1度、別れた奥さんから連絡が入った。ひとり娘が進学や卒業、就職や結婚といった人生の節目を迎えるたび、律儀に報告してくれた。
「何度も言うようだけど、公平なひとなんだよ。いつだったかな、ミホコももうあなたのことを怒ってないよ、ってなぐさめてもくれた。ずいぶん気が楽になった」
 妻は適当な気休めやごまかしを口にするような性分ではない。彼女の言うとおり、娘は父親のことをもう怒ってはいないのだろう、とおじさんは理解した。
 しかしながら、会いたいとも思ってはいない。公平な妻のことだから、もし娘が父親と会いたい––––もしくは、会ってあげてもいい––––という気になったとしたら、そのようにとりはからってくれるはずだった。
 そういうわけで、父と娘が顔を合わせる機会はないまま、20数年が過ぎた。
「去年の年末に、嫁さんがひさしぶりに手紙をくれたんだ。孫が産まれたって、写真もいっしょに。ほら、それ」

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

100かいだてシリーズのおかげで50までしか数えられなかった娘も楽しみながら100まで数えられるようになりました。「かめのおばあちゃんはなんかい?」「100!」本に感謝です。(読者の方より)

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