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たまねぎとはちみつ

冬(4)

 おじさんの話題を出さない限り、平和は守られるのだ。
 もう帰ったほうがいいのだろうか。作戦は失敗だといさぎよく認めて、すみやかに退却すべきだろうか。
 杉本さんは、おじさんのことをあまり聞きたくなさそうだ。千春たちがおじさんに指図されているのではないか、と疑ってもいるようだった。そうでなくても、突然現れた見知らぬ子どもたちの話を、真剣に受けとめてくれるとは限らない。
 でも。
「のんちゃん、もうこのくらいにしとこう。ああ、口が粉だらけ」
 口もとを拭われてくすぐったかったのか、のんちゃんがきゃっきゃっと澄んだ声を上げた。杉本さんはいとおしそうに目を細めている。
 こんなに幸せそうな娘と孫の姿を見られたら、おじさんはどんなにうれしいだろう。
 千春は小さく息を吸う。やっぱり、本当のことを伝えなければならない。疑われているならなおさら、誤解を正さなければいけない。心をこめて話せば、きっと杉本さんはわかってくれるはずだ。
 おじさんもいつか言っていた。まず自分が相手のことを信じなければ、相手からも信じてもらえない。
 気づけば、千春は話しはじめていた。
 変装したおじさんを尾行したこと。おじさんが前の公園で杉本さんを待っていたこと。道の真ん中に呆然と立ちつくし、杉本さんの後ろ姿を見送っていたこと。
 俊太が横でそわそわしている気配は感じたけれど、杉本さんから目を離さなかった。杉本さんのほうも、千春をじっと見つめている。
 まっすぐなまなざしが、おじさんとよく似ている。千春の話を聞くとき、おじさんもこんな目をしている。よけいな言葉は差しはさまずに、じっと耳を傾けてくれるところも、同じだった。聞き上手は遺伝するのかもしれない。
 ひと息に話し終え、最後に千春は問いかけた。
「おじさんに、会いにきてもらえませんか?」
 杉本さんは答えなかった。のんちゃんはいつのまにか目を閉じて、気持ちよさそうな寝息を立てている。
「もしかして、会いたくないですか?」
 俊太がためらいがちに聞いた。杉本さんはのんちゃんのやわらかそうな髪をなでながら、たっぷり時間をかけて考えた末に、
「わからない」
 と、答えた。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

通院していた助産院でくいつきがよく、月齢の小さいころから見ていました。先日助産院最後の通院の日、たくさんある本棚の絵本からこれを探し出して、やっぱり何度も見ていたみたい。もう赤ちゃんも卒業かな?と思っていたのですが、まだまだこの絵本に魅力を感じている息子に2歳前ですが、買いました。かってよかった…。(1歳 ご家族より)

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