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たまねぎとはちみつ

秋(8)

 ベンチに座ったおじさんは、身じろぎひとつせず、一心に出口をながめつづけている。
「奥さんを待ってるのかな?」
「さあ」
「やっぱおじさん、スパイなんじゃないの? ここで味方と待ちあわせしてるんだったりして」
「こんなところで?」
 千春たちがベンチを見下ろしてひそひそと言いかわしていると、おじさんは突然立ちあがった。
「あ、行っちゃう」
 あわててジャングルジムから下りようとした千春の腕を、俊太がつかんだ。
「見て」
 おじさんはまだ公園の中にいた。出口のかたわらに植えられている、ひときわ大きないちょうの木にぴったりと身を寄せて、外をのぞいている。
 おじさんだけでなく、その視線の先にあるものも、ジャングルジムの上からはよく見えた。
「あれが、奥さん?」
 俊太がかすれた声で言った。
 道を挟んで、公園のほぼ真むかいに建っている家から、女のひとが出てくるところだった。大きなかばんを肩にかけ、赤い日よけのついたベビーカーを押している。長い髪にかくれて、顔はよく見えない。
 女のひとが門の扉を閉め、前の道を歩きはじめると、おじさんはふらふらといちょうの陰から歩み出た。追いかけるのかと思いきや、道の真ん中で足をとめ、だらりと両腕をたらして突っ立っている。
 そして、だしぬけにこちらをむいた。
 千春は顔をそむけ、体を縮めて、横目でおじさんの動きを追った。ポケットに手をつっこんで、足早に公園の中を突っ切っていく。ジャングルジムには目もくれない。
「行っちゃったね」
 もと来た道を去っていくおじさんを見送って、千春は詰めていた息を吐いた。
「早く追いかけなきゃ」
 俊太がはっとしたように目を見開き、ジャングルジムから下りはじめた。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

まだ1歳ですが絵本が好きなので、絵がきれいなものを探していて、気に入り購入しました。いろんな世界のいえがとてもステキで、大人になるまで大切にしたい一冊になりました。たくさん読んであげたいです。(読者の方より)

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