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たまねぎとはちみつ

秋(3)

 翌日は、みごとな秋晴れだった。
 運動会は、午前の部と午後の部に大きく分かれている。五年生のリレーは、午前の部の最後のほうに行われた。
 千春は転ばなかった。
 転ばなかったばかりか、すぐ前を走っていた、ほかのクラスの女子との距離を、ほんのわずかながら縮めもした。次の走者にバトンを渡し、ほっと胸をなでおろしていたら、声をかけられた。
「よくやったな、長谷川」
 田中先生だった。
 浅く頭を下げた拍子に、足もとに視線が落ちた。はいているのはもちろん、俊太に貸してもらった運動靴だ。
 トレーニングシューズ、というものらしい。サッカークラブで、練習のときにはいているという。サッカーをやっている子たちのあいだでは、トレシュー、と略して呼んでいるそうだ。
 トレシューの底には、試合のときにはくスパイクと同じように、いぼいぼの突起がついている。ただしゴム製で、スパイクほどは硬くないので、足にあまり負担がかからない。いわば、本式のスパイクと一般的な運動靴の中間のようなものだ。
「こけたくないんだったら、トレシューがいいかと思って」
 俊太はぼそぼそと言っていた。
「ふつうのスニーカーより、すべりにくいから。おれ、二足持ってるし」
 試しにはいてみたら、ぴったりだった。お店の中をぐるりと一周してみる。とても軽くて、歩きやすい。
「ありがとう」
 千春がお礼を言うと、いや、まあ、別に、と俊太はもぞもぞしていた。
 黄色いトレシューは、かなりはきこまれている。あちこち泥がはね、全体的にうっすらと黒ずんで、どちらかといえば黄土色に近い。念のため、いったん家に帰った後で、近所を軽く走ってもみた。借りものとは思えないほど足にしっくりとなじみ、靴ずれもしなかった。
 トレシューのおかげで無事に出番が終わってからは、千春はクラスのみんなといっしょに、トラックの内側から声援を送った。
 最も応援に熱が入ったのは、なんといっても最終レースだ。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

描かれている町のモデルのような田舎に住んでいるわけでもないのに、読んでいると思い出す感覚や匂いがあります。こどもの頃の放課後などです。外で遊んでだりして、都会にいても自然を感じとる力が備わっていたのかなと思います。とてもすてきな感覚を思い出すことができました。(20代)

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