icon_twitter_01 icon_facebook_01 icon_youtube_01 icon_hatena_01 icon_line_01 icon_pocket_01 icon_arrow_01_r

たまねぎとはちみつ

秋(2)

 難しいのは、転ばないことと、それなりに速く走ることを、両立させなければならないところだ。転びたくないからといって、走らずに歩くわけにもいかない。
「ふつう、スピードが出れば出るほど、転びやすくなるよな。ポイントは、安定性と推進力か……」
 おじさんは作業台の上にノートを広げ、ふたつの言葉をならべて書いた。
「推進力って、前に進もうとする力のことだよね?」
「そうそう。よく知ってるね」
「先生に習った。足に力をこめて、地面を強くけりなさいって」
 ただし、あまり力を入れすぎると前につんのめりそうなので、千春はほどほどにとどめている。
 ほかにも、できるだけすばやく両足を動かすとか、自然に腕を前後に振るとか、田中先生の教えはいろいろある。でも、考えながら走ろうとすればするほど、千春の動きはぎこちなくなってしまう。
「そうだ、ジャンプも重要なんだって」
「なるほどな。オリンピックの選手とか、走ってるっていうより跳んでるみたいに見えるもんな。靴底にクッション性は必要だろうね」
 おじさんがノートに書きとめる。
「ばねをつけてみるとか、どうだろうな?」
 ばねつきの靴をはいて、ボールみたいにぽんぽんとはずんでいる自分の姿を、千春は思い浮かべた。それはそれで楽しそうだけれど、リレーにはむいているだろうか。
「バランスがとりにくくなっちゃわない?」
「そこは要検討だ」
「なにやってんの?」
 背後からいきなり声をかけられたのは、そのときだった。

 ランドセルを背負った俊太は、作業台にすたすたと近づいてきて、ひょいとノートをのぞきこんだ。
「あ、新しい発明?」
 千春もおじさんも、話に熱中するあまり、引き戸を開ける音が耳に入っていなかったようだ。
「アンテイセイ? ってなに?」
 千春はとっさにノートを閉じた。

1 2 3 4 5

バックナンバー

profile

  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

描かれている町のモデルのような田舎に住んでいるわけでもないのに、読んでいると思い出す感覚や匂いがあります。こどもの頃の放課後などです。外で遊んでだりして、都会にいても自然を感じとる力が備わっていたのかなと思います。とてもすてきな感覚を思い出すことができました。(20代)

pickup

new!新しい記事を読む