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たまねぎとはちみつ

夏(9)

 お母さんの姿を見ても、おじさんは動じるそぶりはなかった。ゆったりとした足どりで千春たちの前まで近づいてきて、あらためて深々とおじぎをした。
「はじめまして」
「はじめまして」
 お母さんがはじかれたように立ちあがり、頭を下げた。
「うちの千春がいつもお世話になっております」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、いろいろと手伝っていただいて。親御さんにも一度お礼を申し上げたいと思っていました」
 おじさんは落ち着きはらって言う。なめらかな敬語が、ふだんとは別人みたいだ。
 ひょっとして、と千春はぴんときた。図書館で千春の話を聞いて、おじさんは頭の片隅で、こんな展開も予期していたのかもしれない。いつになく礼儀正しくふるまっているのも、お母さんを安心させるための作戦なのかもしれない。
 きっと、千春がまたここへ遊びにこられるように、おじさんなりに考えてくれているのだ。
 図書館での別れ際、ちょっと待って、とおじさんは思いついたようにごそごそとポケットを探った。
「これ、やるよ」
 手のひらにのった黄色いかたまりに、千春は目を落とした。
 小鳥のかたちをした、陶器の置きもののようだった。片手にすっぽりおさまるほどの大きさで、胸をまるくふくらませ、ぴんと尾を張っている。つぶらな黒い目と赤いくちばしと金色の羽が、色鮮やかな塗料で描き入れられている。
「笛だよ。南米の奥地で暮らしてる、少数民族の」
 よく見たら、小鳥のくちばしと尾に、ひとつずつ小さな穴が開いている。
「クルピっていうんだ。現地の言葉で、誰かを呼ぶ、って意味だよ。しっぽのところに口をつけて吹く」
 会いたいひとの顔を思い浮かべながらこのクルピを吹けば、相手に笛の音が届くのだという。
「地元の通訳に教えてもらったんだ。話を聞いたときは、半信半疑だったけどな。そしたら、実際に吹いてみせてくれた」
 すると、しばらく経ってから、何キロも離れた自宅にいた彼の奥さんが、おじさんたちのところまでやってきたそうだ。笛の音が聞こえた、と言って。
「びっくりしたよ。どういうしくみなんだろうな。すごいすごいって感動してたら、新しいのをゆずってくれた」

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

まだ1歳ですが絵本が好きなので、絵がきれいなものを探していて、気に入り購入しました。いろんな世界のいえがとてもステキで、大人になるまで大切にしたい一冊になりました。たくさん読んであげたいです。(読者の方より)

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