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たまねぎとはちみつ

夏(7)

 夏休みの終わりに、千春は近所の図書館に行った。
 子どもむけの本は、返却カウンターのそばの一角にまとめて置かれている。ぎっしりと本のつまった棚を、ぶらぶらと見てまわった。
 けっこう混んでいる。宿題のためだろうか、小声で相談しながら本棚を物色している親子連れもいた。児童書を一冊選び、近くに腰かけようとしたら、ソファも椅子も埋まってしまっていた。
 座れるところを探しているうちに、いつのまにか千春は一般書のコーナーに足を踏み入れていた。上から下までおとなの本がずらりとならんだ棚は、見慣れている児童書のそれよりもずっと高く、ほとんど天井まで届きそうだった。蛍光灯の光がさえぎられて、まわりはほの暗い。
 通路のつきあたりに、空いている椅子をひとつ見つけた。歩き出そうとして、千春はびくりとして立ちどまった。
 おじさんが、いた。
 ぶあつい本を開いて、目を落としている。数メートル先で立ちすくんでいる千春には、気づいていない。
 どうしよう。つかのま、千春はためらった。急いでまわれ右すれば、このまま立ち去ることもできる。
 でも、この機会を逃したら、次はいつ会えるかわからない。せめて、突然お店に行かなくなった理由だけは伝えておきたい。千春がおじさんに会いたくないわけでも、お店のことを忘れたわけでもなく、お母さんに無理やり禁じられたのだと説明したい。二学期がはじまって学校で俊太に会ったら、ことづてを頼もうかとも考えていたけれど、じかに話せるなら断然そのほうがいい。
 覚悟を決めて、千春は足を踏み出した。
 二歩、三歩とおじさんに近づく。大丈夫、と心の中で唱える。お母さんとは、お店に行かない、と約束したのだ。おじさんと話をしない、じゃなくて。
「おじさん」
 千春がささやきかけると、おじさんは手に持っていた本を取り落としかけた。アルファベットのびっしりならんだページが、ちらりと見えた。
「おお、ひさしぶり」
 目をまるくして、千春を見下ろす。
「どうした? こわい顔して」
「話があるの」
「それは長い話?」

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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