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たまねぎとはちみつ

夏(6)

「千春、ちょっと」
 お母さんが低い声で切り出したのは、それからちょうど一週間後のことだった。
「なあに?」
 なにげないふうを装って答えつつ、千春は身構えた。お母さんの眉間に寄ったしわで、これからお説教がはじまるというのはすぐにわかった。
 ただ、お説教される心あたりがなかった。
 ふだん、お母さんが千春をしかるときは、たいてい前ぶれがある。部屋を片づけなさい、と注意されるとか、ちょっとテレビを見すぎじゃないの、とたしなめられるとか。それを適当に受け流していると、本格的に怒られるのだ。
 でも、ここ最近、そういう小言を言われた覚えはなかった。夏休みの宿題は計画的に進めている。お母さんにお手伝いを頼まれれば、ちゃんとやっている。朝寝坊も夜ふかしもしていない。
「先週の金曜日のことなんだけど」
 お母さんに言われてはじめて、あっと思いあたった。
「千春、海に行ったの?」
 とっさに否定できなかった。たぶん、しても同じだっただろう。千春って考えてることがすぐ顔に出るよね、とよく紗希にもからかわれる。
 あの日、千春が家に着いたとき、お母さんはまだ帰ってきていなかった。
 潮風のせいか、髪や体がべたべたしていた。シャワーを浴びてさっぱりして、脱衣所から廊下へ出たところで、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
「おかえり」
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって。あら、もうおふろ入ったの?」
「うん、シャワー。汗かいちゃったから」
 千春はあわてて答えた。うそではない。汗もかいた。
「今日は暑かったもんねえ。お母さんも、着替えるついでにシャワー浴びようかな」
 お母さんは機嫌よく言う。
「結局、お昼はどうしたの? 紗希ちゃんち?」
「家で食べた。カレー、おいしかった」
「そう。よかった」
 水かけ合戦には加わらなかったので、服は濡らさなかった。拾った小石や貝がらは、とりあえずおじさんのお店であずかってもらうことにした。このまま黙っていれば、海に行ったとは知られないはずだ。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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