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たまねぎとはちみつ

夏(3)

 夏休みに入ってしばらくのあいだ、千春はおじさんの店に行きそびれていた。
 家の外へ出ることが、ほとんどなかったのだ。去年までは、週に一度か二度は紗希と遊んでいたけれど、今年は塾の夏期講習が忙しそうで会う機会がない。お母さんと近所のスーパーマーケットや商店街には行くものの、ふたりでおじさんの店に立ち寄るわけにもいかない。こうなってみると、「放任主義」の俊太のうちが、ちょっとうらやましい。
 八月に入ってようやく、千春はひとりで外出した。
 学校の花壇の、水やり当番にあたっていたのだった。日程は一学期の終わりに決まっていた。ふたり一組で、千春と紗希は示しあわせて同じ日を希望した。
「千春、今日は何時くらいに帰ってくるの?」
「わかんない」
 朝、お母さんに聞かれてあいまいに答えたのは、ごまかそうとしたわけではない。
「水やりの後、紗希んちに遊びに行くかもしれない」
 塾がない日にしたので、紗希も今日は空いているはずだ。日程が決まったときにも、できたら遊ぼうよ、と言っていた。
「じゃあ、家でお昼を食べるかわからないのね。どうしようかな。お母さん、お昼前にはもう出ちゃうんだけど」
 お母さんは午後から、中学校の同窓会に出席することになっていた。千春もいっしょに来たら、と誘われたけれど、水やり当番があるから断った。
 実は、当番がなかったとしても、あんまり行きたくなかった。三年ほど前、お母さんに連れられて行ったとき、全然楽しくなかったのだ。
 お母さんの中学は女子校なので、来ているのはみんな女の人だった。にぎやかなざわめきと化粧品のにおいで、会場は満たされていた。千春と同じ年頃の子どももけっこういて、いっしょに遊ぶようにと母親たちはすすめた。
 何人かはすぐにうちとけて、楽しそうに会場を走りまわっていた。彼らを横目に、千春は会が終わるまでお母さんのそばを離れなかった。
「ごめんね。この子、すごく人見知りで」
 お母さんは苦笑まじりに言っていた。
「いいじゃない。うちの子なんか、もう親に見むきもしないもの」
「うちも、うちも」
「女の子はこのくらい奥ゆかしいほうがいいって」
 何人かが矢継ぎ早に言って、さざなみのように笑いが起こった。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

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