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たまねぎとはちみつ

夏(1)

 その日、おじさんの店には先客がいた。
 先「客」という言いかたは、おかしいのかもしれない。ひとめ見て、お客さんじゃないだろうな、と千春は思ったから。
 お店でお客さんの姿を見かけることは、これまでにもあった。道に面したガラス窓越しに、店内の様子はまる見えだ。千春が外からのぞいたときに、すでに誰かがいることもあったし、千春がおじさんと話しているあいだに、誰かがやってくることもあった。どちらにしても、おじさんの仕事のじゃまにならないように、千春はなるべく早く立ち去るようにしている。
 千春は窓のそばに立って、そっと中をうかがった。おじさんはいつものように、作業台に窓のほうをむいて座り、休みなく手を動かしている。
 その正面に、子どもがいる。
 丸椅子に腰かけ、床に届かない足をぶらぶらさせている。こちらに背をむけていて顔は見えないけれど、短く刈りこんだ髪の毛や、サッカーのユニフォームみたいなだぼっとした青いTシャツからして、たぶん男の子だ。背中に大きく数字の9が入っている。
 誰だろう?
 千春も知っている子だろうか。この近くに住んでいるのだとしたら、私立に通っているのでもない限り、同じ小学校のはずだ。背格好からして、たぶん低学年ではなく高学年だろう。
 顔がなんとか見えないものかと、千春は首を左右に動かしてみた。気配を感じたのか、おじさんがふと目を上げた。
 背番号九番も、振りむいた。
「あ」
 千春は声をもらした。むこうも口を「あ」のかたちにまるく開けて、千春をじろじろ見ている。

 背番号九番を、千春は知っていた。
「そうか。友だちだったのか」
 ならんで座ったふたりを、おじさんは興味深げに見比べている。
 友だちじゃない、と千春は思う。ただクラスが同じというだけだ。それも五年生になってからだから、まだ三ヶ月も経っていない。直接しゃべったことも、近くの席になったこともない。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

まだ1歳ですが絵本が好きなので、絵がきれいなものを探していて、気に入り購入しました。いろんな世界のいえがとてもステキで、大人になるまで大切にしたい一冊になりました。たくさん読んであげたいです。(読者の方より)

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