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たまねぎとはちみつ

春(7)

 ともあれ、その日以降は「今日はどうだった?」とおじさんから聞かれるたびに、「たまねぎ」か「はちみつ」と千春も答えるようになった。「つまらなかった」とか「いやなことがあった」とかぐずぐず訴えるより、「たまねぎ」とひとこと返すほうが、いさぎよい。それに、なんだかかわいい。
 たまねぎの日のできごとは、お母さんやお父さんにはなんとなく言いにくいのに、なぜかおじさんには話してしまう。知りあったばかりだし、千春はもともと自分のことを話すのが得意でもないのに。
「おれは聞き上手だからな」
 おじさんは誇らしげに胸を張ってみせる。確かに、それもあるのかもしれない。千春が話している途中で口ごもったり考えこんだりしても、決してせかさず、辛抱強く続きを待っている。
「お母さんや先生は、ちゃんとしたことを言わなきゃいけないだろうけど、おれはそういう責任もないし。気楽なもんだ」
 冗談ぽく言いながらも、千春がなにか質問すれば、おじさんはじっくり考えてから答えてくれる。
 ただし、こっちも気は抜けない。きみはどう思う、とおじさんは必ず聞き返してくるからだ。
「わからないことは恥ずかしくない」
 おじさんはいつも言う。
「自分の頭で考えてみようとしないことが、恥ずかしい」

 ここのところ千春が一番気になっているのは、紗希のことだ。
 発端は、ゴールデンウィーク最後の日曜日に開かれた、サナエちゃんのお誕生日会だった。千春と紗希もふくめ、クラスの女子の半分以上が招待されていた。
「ごめん。あたし、行けない」
 サナエちゃんから日程を知らされるなり、紗希はくやしそうに断った。
「その日は塾の全国テストがあるから」
「そうなんだ。じゃあ、しょうがないね」
 サナエちゃんも残念そうに応えた。怒っているふうには見えなかった。でも、実はそうじゃなかったらしい。
「ガリ勉って、やだよね」
 お誕生日会の当日、集まったみんなの前で、サナエちゃんはおおげさにため息をついてみせたのだ。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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