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たまねぎとはちみつ

春(4)

「ええと、じゃあ、なにかお手伝いとかしましょうか?」
 お金がいらないと言ってもらえるのはありがたい反面、ただでスカートを洗ってもらって、なんとなく悪い気もする。日本では手に入らないという、貴重な洗剤まで使わせてしまった。
「ここではたらいてくれるってこと?」
「ここで?」
「冗談だって」
 おじさんは愉快そうに首を振り、ぱちんと手を打った。
「じゃあ、なにか修理したいものがないか、おうちでお父さんやお母さんに聞いてみてもらおうか。格安で修理するよ」
 千春は返事に困った。
 ここのことを、お母さんにどうやって説明しよう。スカートの一件を器用にはぶいて、上手に話せる自信がない。そもそも、千春がこんなふうにひとりで知らないお店に入ったことも、お母さんは喜ばない気がする。
「ああ、そうか」
 おじさんも千春につられたかのように、まじめな表情にもどった。
「せっかくきれいにとれたもんな。なにもお母さんにわざわざ話すことないな」
 うんうんとうなずいている。
「時間があれば、またいつでも遊びにおいで。ごらんのとおり、ひまだから」
 肩をすくめ、千春にむきなおった。そういえば、この三十分ほどのあいだ、誰もお客さんはやってこなかった。
「じゃあ、あらためて」
 差し出された右手を、千春はそろそろと握った。
「よろしく」
 つないだ手を、おじさんが勢いよく上下に揺らした。がっちりとぶあつい手のひらは、ほのかにあたたかかった。

 その次の日も、千春は学校の帰りにおじさんの店に寄った。
 道に面したガラス窓から、中をのぞく。おじさんはこちらに横顔を見せて、作業台でなにやら手を動かしている。
 昨日、お母さんはなんにも気づかなかった。
 昼ごはんを食べた後、ふたりでクッキーを焼いた。焼きたてをおやつの時間につまみながら、余った分を明日学校に持っていきたい、と千春はお母さんに言った。前にも何度かそうしたことがある。今回、千春の頭に浮かんでいたのは、学校の友達の顔ではなかったけれども。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

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乗り物+ストーリーの本を探していたらこの本に出会いました。ストーリーも絵もリアルで、孫も食いついて見て聴いて、リアクションも大いにある本です。(2歳・ご家族より)

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