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たまねぎとはちみつ

春(3)

「泥がはねちゃって」
 おじさんが千春のスカートを指さして言った。
「まあ大変」
「しみ抜きをしたいんですけど、そのあいだに着られそうなもの、貸してもらえませんか?」
「はいはい。ちょっと待っててね」
 ヤエさんと呼ばれたおばあさんは一度奥にひっこんで、ねずみ色のズボンを持ってきてくれた。むかいあって立ってみると、ヤエさんの背丈は千春とちょうど同じくらいだった。
「ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
 ヤエさんは上品に会釈して、のれんのむこうへともどっていった。
 ズボンの丈も、腰まわりも、ぴったりだった。脱いだスカートを、千春はおじさんに手渡した。
 おじさんは流しの下からたらいを、戸棚から白い粉の入った瓶を出して、水道の蛇口をひねった。たらいに水をためながら、ななめ後ろの千春を振り返る。
「何年生?」
「五年生です」
「学校の帰り?」
「はい」
 話しているあいだも、おじさんは手を休めない。スカートの汚れた部分をたらいの水につけ、しばらく待ってひきあげ、瓶に入っている粉を振りかける。それから、歯ブラシのようなものでこすりはじめた。しゃこしゃこと小気味のいい音が立つ。
「うん。とれるな、これは」
「ありがとうございます」
 おじさんの手もとに見入っていた千春は、ふうっと息を吐いた。助かった。
「この洗剤、強力なんだよ」
 おじさんが得意そうに言う。
「日本でも売ってくれればいいのにな」
「外国で買ったんですか?」
「うん。むこうで暮らしてたときに」

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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