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たまねぎとはちみつ

春(2)

 おそるおそる、千春はうつむいた。ふんわり広がった白いスカートの裾の、左のほうに、茶色い水玉模様が飛び散っていた。
 春休みの終わりに、買ってもらったばかりのスカートだ。
「それはお出かけ用にと思ってたんだけど」
 今朝、千春が学校に着ていこうとしたら、お母さんは顔をくもらせた。
「白は汚れやすいし。学校に行くだけなのに、そんなにおしゃれしなくてもいいんじゃない?」
「今日は始業式しかないから、絶対に汚さないよ」
 千春は必死に食いさがり、やっと認めてもらったのだった。
 学校におしゃれして行きたかったわけじゃない。紗希と会うのもひさしぶりだから、家に遊びにおいでよと誘われるかも、と思ったのだ。紗希はかわいい服をたくさん持っている。ママとおたがいに選びあいっこするんだ、と前に言っていた。
 紗希はお母さんとすごく仲がいい。親子というより、年齢の離れた姉妹か、友達どうしみたいな感じがする。紗希はお母さんの前で、うちの担任って頭固すぎるんだよ、と不平をこぼしたり、ママ最近ちょっと太ったよね、と平気でからかったりする。紗希なら新しいスカートにしみをつけても、ごめん汚しちゃった、と気軽にあやまってすませられるのかもしれない。
 でも、千春には無理だ。
 途方に暮れて、泥の斑点を見つめる。このあいだ、理科の授業で習った、北斗七星みたいに見える。
 いやいや、星座なんて、そんなのんきなことを考えている場合じゃない。どうしよう。絶対に汚さないって約束したのに、お母さんに怒られる。これって水で洗えば落ちるのかな? ごまかさないで、素直にあやまったほうがいい?
「どうしたの?」
 いきなり声をかけられて、千春は飛びあがった。
 フェンスの前でふたまたに分かれた道の、むかって左手のほうに、知らないおじさんが
立っていた。

 逃げなきゃ、というのが、最初に考えたことだった。知らない道で、知らないおとなに声をかけられたら、逃げるしかない。
 しかも、そのおじさんの雰囲気は、千春のまわりにいるおとなとは全然ちがった。

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  • 瀧羽麻子

    瀧羽麻子

    1981年兵庫県生まれ。京都大学経済学部卒業。『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞。著書に『左京区七夕通東入ル』『左京区恋月橋渡ル』『左京区桃栗坂上ル』(小学館)『松ノ内家の居候』(中央公論新社)『いろは匂へど』(幻冬舎)『ぱりぱり』(実業之日本社)『サンティアゴの東 渋谷の西』(講談社)『ハローサヨコ、きみの技術に敬服するよ』(集英社)など。

    写真撮影/浅野剛

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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