おそるおそる、千春はうつむいた。ふんわり広がった白いスカートの裾の、左のほうに、茶色い水玉模様が飛び散っていた。
春休みの終わりに、買ってもらったばかりのスカートだ。
「それはお出かけ用にと思ってたんだけど」
今朝、千春が学校に着ていこうとしたら、お母さんは顔をくもらせた。
「白は汚れやすいし。学校に行くだけなのに、そんなにおしゃれしなくてもいいんじゃない?」
「今日は始業式しかないから、絶対に汚さないよ」
千春は必死に食いさがり、やっと認めてもらったのだった。
学校におしゃれして行きたかったわけじゃない。紗希と会うのもひさしぶりだから、家に遊びにおいでよと誘われるかも、と思ったのだ。紗希はかわいい服をたくさん持っている。ママとおたがいに選びあいっこするんだ、と前に言っていた。
紗希はお母さんとすごく仲がいい。親子というより、年齢の離れた姉妹か、友達どうしみたいな感じがする。紗希はお母さんの前で、うちの担任って頭固すぎるんだよ、と不平をこぼしたり、ママ最近ちょっと太ったよね、と平気でからかったりする。紗希なら新しいスカートにしみをつけても、ごめん汚しちゃった、と気軽にあやまってすませられるのかもしれない。
でも、千春には無理だ。
途方に暮れて、泥の斑点を見つめる。このあいだ、理科の授業で習った、北斗七星みたいに見える。
いやいや、星座なんて、そんなのんきなことを考えている場合じゃない。どうしよう。絶対に汚さないって約束したのに、お母さんに怒られる。これって水で洗えば落ちるのかな? ごまかさないで、素直にあやまったほうがいい?
「どうしたの?」
いきなり声をかけられて、千春は飛びあがった。
フェンスの前でふたまたに分かれた道の、むかって左手のほうに、知らないおじさんが
立っていた。
逃げなきゃ、というのが、最初に考えたことだった。知らない道で、知らないおとなに声をかけられたら、逃げるしかない。
しかも、そのおじさんの雰囲気は、千春のまわりにいるおとなとは全然ちがった。