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〈書評〉

〈書評〉
願いごとの樹
キャサリン・アップルゲイト・作 尾高薫 ・訳

魔法のないこの世界で優しさが起こす奇跡」
河出真美/梅田蔦屋書店 洋書コンシェルジュ

 物語の中では何が起こってもいいのです。

 リスが空を飛んだり、帽子がしゃべったり、床下に小人が住んでいたり……現実には(たぶん)起こらないことだけれど、物語の中では許されます。制限などありません。作家は思う存分、書きたいように書けばいいのです。

 けれど、だからこそ、本を読んでいて白けてしまうことがあります。このハッピーエンドはご都合主義では? いつもいつも努力が報われたり、いい人だと病気が治ったり、夢が必ず叶ったりするというのはいかがなものでしょう? なぜなら、現実では、一人一人にハッピーエンドを用意してくれる心優しい作家はいないし、どんなに頑張っても報われるとは限らないし、生きていてほしい人が死んでしまうし、夢は必ずしも叶うものではないのですから。「物語なのだから」そんなの気にせずに楽しめばいい、と言う人もいるでしょう。もちろんそのとおりです。けれど、そういう優しい物語たちは、私のお気に入りにはならず記憶から消えていきました。

 「願いごとの樹」は優しい物語です。

 心配しないでください。これから長々と、この本がいかにご都合主義で、現実からかけはなれていて、甘ったるくて……という悪口を述べ立てるつもりはありません。むしろ逆です。

 「願いごとの樹」は、とても優しい物語であるにもかかわらず、とても現実的な物語なのです。

 まず、主人公のレッドは、「願いごとの樹」と呼ばれるからには人々の願いごとを叶える不思議な力でもあるのかと思いきや、ごく普通の木です。紅葉の美しさは通りで一番、二百年以上生きていて、フクロウやフクロネズミなど小さな動物たちを体に住まわせ、カラスのボンゴという親友がいて、なかなか楽しそうに生きているレッドですが、孤独な少女の「友だちがほしい」という願いごとを魔法で叶えてやることもできないし、切り倒される危機が迫っても根っこを引き抜いて逃げることもできません。だって、ただの木なのですから。

 そんな、現実にどこにでも生えていそうな一本の木であるレッドのおかげで、この物語の中ではちょっといいことが起こります。

 これが、「ちょっといいこと」だからいいのです。「願いごとの樹」は、最後にはあらゆる問題が解決し、悪者は報いを受け、人々の心から憎しみが消えてゆきました、という物語ではありません。世界を変えよう、戦争をなくそう、平和を築こう、という物語ではありません。たった一人の女の子に友だちを作ってあげるためにがんばった一本の木(と、その友だち)の、ごく小さな物語です。物語の中で起こる「いいこと」も、とてもささやかなものです。きっとこの後、劇的に状況が変わることはないのでしょう。世界はもちろん、町一つでさえ、変えることはできないのでしょう。けれど少なくとも、変わったことはあり、救われる人はいます。そして、その「いいこと」を引き起こしたのは、物語の中だからこそ頼れる特別な力ではなく、私やあなたと何ら変わるところのない、ごく普通の木であるレッドの優しさです。だからこそ、この優しい物語が可能である世界に私は住んでいるのだという、幸せな気持ちで読み終えることができるのです。

 すぐそこにあるかもしれない優しさをそっと差し出してくれる手のような、そんな一冊であるこの本を、一人でも多くの人が受け取ってくれますように。


河出真美
好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。

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