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北の森の診療所だより

第4回

渡り途中の患者を迎える、10月

 10月。もっと忙しい月。大雪の山々の紅葉が、麓を目指してかけ下り始める。まだ先頭が五合目あたりをウロウロしていると、山の頂に雪が舞う。ぐずぐずしていると、雪の方が先に麓を支配して紅葉の到着を待っている年もある。追われるように鳥たちが次々と下山を始め、平地での越冬が無理だと知っている者は、診療所の周辺で休むのを数日で切り上げ、南への旅を始める。反対にヒグマ達は山を目指す。そして冬眠。同様に冬眠をするシマリスは食料集めに余念がない。冬眠という技術をもたない者は、体の中に脂肪を蓄えるためにひたすら食べに食べる。負けじとお百姓さんも作物の取り入れに汗を流している。……ああ、忙しい。

 そんな10月のある日、大五郎はやってきた。チゴハヤブサの若者である。私達は入院患者に名をつけないことにしている。退院の時に妙な情の起きるのを用心するためだ。なるべく単なる患者に終わってほしいと願うのである。……で、このチゴハヤブサがなぜにと言われると困るが運び込まれた時、2リットルの大きな焼酎の容器6本が入るダンボールでやってきたことと関係があった。何かと患者の話が出るときに「あの大五郎のダンボールで来た……」という枕詞がついたために、エイめんどうな……となったのだろう。

 大五郎は羽の関節を脱臼していて、その固定がうまくいかず、我家の半居候となったのである。渡り鳥であるということも理由となった。越冬地のインド、中国なんぞにはとてもとてもと思われたからであった。この時期、渡り途中の患者はほんとうに困る。ボヤボヤしていたらこの地の冬は早い。大五郎とほぼ同時期にやってきたヨタカは結局体力の回復がまにあわず、東京まで飛行機で移動してもらうことにした。かけ足でやってきた寒さは、彼らの食べ物を平気で奪う。口にする食糧なしでは南への旅は無理。……かといって、居候の数は最少にしたい我が家の涙の出費。まだ暖かい関東の林から、旅の再会を強いる代償とあきらめよう。

 大五郎の食事は小型の鳥やトンボなどの昆虫である。退院後のことを思い、努めて食べものは自然のものをと考える。時、大好きなトンボが山からいっせいに里に降りてくる季節。午後、我が家の壁に集まった。これをほんの少し(?)いただくことにする。トンボの命を大五郎の命に移すのを毎日やっている。命を助ける職業というが、単に命をこっちからあちらへと移しているだけではないのかと、誰かが耳の奥でささやく。

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  • 竹田津 実

    竹田津 実

    1937年大分県生まれ。岐阜大学農学部獣医学科卒業。北海道東部の小清水町農業共済組合・家畜診療所に勤務、1972年より傷ついた野生動物の保護・治療・リハビリ作業を始める。1991年退職。1966年以来、キタキツネの生態調査を続け、多数の関連著作がある。2004年より上川郡東川町在住。獣医として、野生動物と関わり続けている。

今日の1さつ

絵の”ニッコリ”した表情が好きなようです。鳥の親子の場面が一番反応がありました。(0歳・お母さまより)

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