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ききみみずかん

限定公開中!(第3回)

家風

 その家特有の生活様式や慣わしのことを、家風という。
 だが、果してこれは、うちの家特有のものなのか、社会一般の慣わしなのかという判断は、なかなか難しい。
「え? みんな、こんなことしてないの?」と知った時の驚きは大きい。
 例えば、我家ではご飯のおかわり・・・・をする時は、必ずご飯茶碗にひとくち分のご飯を残しておく……というルールがあるのだが、外でこれをやると「まだ、残ってるよ」と言われると、息子たちが閉口していた。
 結婚してみて初めて知る相手の家の慣わしというのもある。
 大晦日、夫の実家では、おせち料理や新年の準備をすっかり整え、テレビを見ながらスキヤキをつつき、お酒を飲み飲み団欒して、みんなで年を越すのが毎年の慣わしだった。

 結婚して初めての大晦日の夜、私は、夫の実家のレンジ台の上に、お酒をなみなみと注いだ猪口が一つ置いてあるのをみつけた。さては、お酒の苦手な義母が持て余して置き忘れているのだろうと思った私は、捨てるのももったいないので、親切心からそのお酒をグッと飲み干し、丁寧に猪口を洗っておいた。
 ところが暫くして台所に立つと、またお酒入りの猪口が置いてある。
「お義母さんたら……」と思いながら私は、またそのお酒をグイと飲み干し、猪口を洗った。
 暫くすると、また猪口が置いてある。中のお酒を飲もうとしているところを、義母に見咎められた。
「さっきから、荒神こうじんさんにお供えしてるお酒を飲んでるの、陽子さんか?」
 まさか、レンジ台の上に、ぽつんと置かれた猪口のお酒が、神様へのお供えだったとは!
「へえ~」で、ある。いやー
「ええーっ!!」で、ある。
 夫の実家の人々は、きっと私のことを、酒好きで粗忽な嫁と思ったことだろう。恥ずかしかったが、家によって風習って違うものなんだなあ……と思った。

 慣わし・・・・ではないが、家族間だけで通じる言葉というのもある。
「お母さん、ミミンコ・・・・って言うの、うちだけやで」と息子に指摘されて驚いた。
「じゃ、みんな、なんて言うの?」と聞くと、
ミミアカ・・・・か、ミミクソ・・・・」なのだそうだ。
「へえー」で、ある。
 もっと通じないのが「イゲイゲ」という名詞で、この言葉を理解する人には未だ曾て会ったことがない。
 イゲイゲとはつまり、耳のひら……いや、そもそも、あそこを耳のひらと呼んでいいのだろうか? 正式名称を私は知らない。
 とにかく、顔の横に出っぱっている、耳のひらひらした所の内側の、壁になっている部分––––のことである。しかも、用法が非常に限定的で、いつでも、そこを「イゲイゲ」と呼ぶわけではない。耳かきをする時に、耳の穴の奥を掃除するのに対して、あの辺りを掃除する行為を「イゲイゲを掻く」と言うのだ。
 こう説明すると、みんな「へえー」と言う。

「ドヒャマンテン」は、私の実家だけで通用する不思議な言葉だ。これは、亡くなった母がよく使っていた。びっくりするぐらい変てこな品物を買ったり、目にしたりした時、その品物を評するのに使う。
「この前のバス旅行で知り合った奥さん、とってもいい人なんだけど、洋服がドヒャマンテンなのよ」
 つまり「ドヒャッ!」と驚くほど変てこなのだが、そのドヒャッを緩和するために、「マンテン(万点)」という接尾語を加え、相手への敬意を表すということらしい。
「あのセーター、ドヒャマンテンだね」とか「○○さんから頂いた、海外土産のスカーフ、柄がドヒャマンテンなのよ」というふうに使う。

 そういえば先日、風呂上がりの夫が、まだポッポと湯気の立つ体で、何やらカッカと怒っていた。
「親ガメと子ガメを、毎回、ひっくり返しているのは、誰や!?」
 え? ……親ガメと、子ガメ? ……ひっくり返す? ––––全く理解できない。
 風呂場で一体何が起きているのだろうと顔を見合わす息子たちと私に、やっと夫が説明してくれた。
 つまり、石鹸である。
 その日の石鹸箱には、二、三日前におろしたばかりの新しい石鹸と、使い古して小さくなった石鹸が置いてあった。夫はいつも、おニューの石鹸の上に使い古しの石鹸をくっつけて使っていたらしい。
 大きい石鹸の上に小さい石鹸……。親ガメの上に子ガメ……。そうやってくっつけておく度に、誰かが大小の石鹸の上下をひっくり返すというのだ。ひっくり返されると、くっつきかけていた古い石鹸がはがれてしまって、くっつけ直さないといけない。夫がくっつけ直しておくと、また誰かがひっくり返して古い石鹸がはがれる。それで、夫はとうとう頭にきてしまったらしい。
 私は心の中で「へえー」と思った。
 結局、石鹸をひっくり返しているのが誰なのかは分からなかった。夫以外誰も、新旧の石鹸の上下関係を気に留めていなかったからだ。
 三十年近く一緒に暮らしていても、何かの折にふと、生まれ育った家の慣わしが顔をのぞかせる。
「古くなった石鹸は、新しい石鹸の上にくっつけて最後までちゃんと使うのよ。ほら、親ガメさんの上に子ガメさんののっけてね」
 幼い日の夫がお母さんにそう言いきかされている情景が目に浮かんだ。

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  • 富安陽子

    富安陽子

    1959年、東京に生まれる。日本の風土にねざした神話や伝承をいかした和製のファンタジー作品を数多く発表している。『クヌギ林のザワザワ荘』により日 本児童文学者協会新人賞、小学館文学賞、「小さなスズナ姫」シリーズにより新美南吉児童文学賞、『空へつづく神話』により産経児童出版文化賞、『盆まね き』により野間児童文芸賞を受賞。ほかに「シノダ!」シリーズ、『やまんば山のモッコたち』『キツネ山の夏休み』『レンゲ畑のまんなかで』『ぼっこ』などの作品がある。

今日の1さつ

娘がまだ0歳のときから読み聞かせています。本の絵、色、デザイン、こまかいところまで子どもは見逃さないんですね。親がスルーしてしまうところも気がつく、そんなおもしろさが子どもには魅力なんですね。絵本から子どもがはじめて学ぶことはたくさんあります。これからも愛読したい本です。(2歳・お母さまより)

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