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放課後の文章教室

第3回 意見を書く 5

書きながら考える

「書くこと」について、若い人からの質問に、作家・小手鞠るいさんが答えます。

 さて、あなたのダイエットは、成功したでしょうか?
 「書く前に、意見はちゃんとあったはずなのに、書いているうちに、自分でも自分の意見がわからなくなってくることも多い」と、あなたは書いていましたが、もしもダイエットが成功したなら、おそらく、それとは正反対のことが起こったはずです。
 つまりあなたは、あなたの書いた文章を読んで改めて、自分の意見をより明快に理解し、「そうか、わたしってこんなことを考えていたのか」と、自分自身をより深く理解することができているのではないでしょうか。
 実は、それこそが、文章を書くということの醍醐味であり、私が書くことに取りつかれている大きな理由のひとつでもあります。
 村上春樹さんは『スプートニクの恋人』(講談社)の中で、登場人物のすみれに、こんなことを語らせています。

何通かの長い手紙を勘定にいれなければ、純粋に自分のために文章を書くのはずいぶん久しぶりのことなので、はたして最後までうまく書き通せるかどうかもうひとつ自信がない。とはいっても考えてみれば、文章が「うまく書きとおせる」自信があったことなんて、生まれてこの方一度だってなかったのではないか。わたしはただ、から書いていただけだ。

どうして書かずにはいられないのか? その理由ははっきりしている。何かについて考えるためには、ひとまずを文章にしてみる必要があるからだ。

小さなことからずっとそうだった。何かわからないことがあると、わたしは足もとに散らばっている言葉をひとつひとつ拾いあげ、文章のかたちに並べてみる。もしその文章が役に立たなければ、もう一度ばらばらにして、またべつのかたちに並べ替えてみる。そんなことを何度か繰り返して、ようやくわたしは人並みにものを考えることができた。文章を書くことは、わたしにとってはそんなに面倒でも苦痛でもなかった。ほかの子供たちが美しい小石やどんぐりを拾うのと同じように、わたしは夢中になって文章を書いた。わたしは息をするようにごく自然に、紙と鉛筆を使って次からつぎへと文章を書いた。そして

 この文章を読んだとき、私は、ここに出てくる「わたし」はそのまま「私=小手鞠るい」ではないかと思いました。
 もしかしたらあなたも、そう思ったのではありませんか?
 個人的な意見が書かれていても、その個人的な意見が普遍的な力を持つ、というのはこういうことなのです。一文一文に根が生えていて、すべてのことばに生命が宿っているからです。強い木が集まって、美しい森をつくっているのです。

 書くことは考えることだ、と、これまでにも何度か、私は書いてきました。
 でも、考えることは書くこと、でもあるのですね。
 筋道を立てて論理的に書くためには、論理的に考える必要がある。と同時に、論理的に書いていけば、論理的にものごとを考えることができる、ということなのです。 

 ことばとは、文章とは、なんてすばらしいものなのだろう、と、私は思います。
 しかしその一方で、ことばには大きな落とし穴があります。これについても、すでにお話ししましたね。あなたが使う「いじめ」ということばと、私が使う「いじめ」ということばは、決して同じではない、ということ。ひとつのことばは、書く人によって、読む人によって、何通りもの意味がある、ということです。
 そして、第2回でもお話ししたとおり、使い方をあやまると、ことばは人を傷つけたり、自分を傷つけたりすることもあります。ことばとは、書くためにあるものですが、ときには、書かれないためにもあるのではないか。自戒の意味もこめて、私はそのように考えています。

 村上春樹さんは『海辺のカフカ 下』(講談社)の中で、登場人物たちに、こんな会話をさせています。

「ことばで説明してもそこにあるものを正しく伝えることはできないから。本当の答えというのはことばにはできないものだから」

「そういうことだ」とサダさんは言う。「そのとおりだ。それで、ことばで説明しても正しく伝わらないものは、まったく説明しないのがいちばんいい」

「たとえ自分に対しても?」と僕は言う。

「そうだ。たとえ自分に対してもだ」とサダさんは言う。「自分に対しても、たぶんなにも説明しないほうがいい」

 あなたに意見がなければ、あなたは意見を言うべきではないし、あなたに書きたいことが何もなければ、何も書く必要はない、と、私は読み取りました。ことばを妄信してはいけないし、ことばをあなどってはいけない。ことばには無限の可能性もあるが、限界もある。つねにそのことを意識して、ことばを使うこと。
 あなたはどう読み取りましたか?
 読み取り方もまた、人によって違うし、違っていていいのです。
 書き方にも書かれ方にも、読み方にも読まれ方にも、正解はない。
 100人がいれば、100通りの答えがある。
 それこそが、文章のはらんでいるむずかしさであり、つきせぬ魅力でもあるのです。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『星ちりばめたる旗』『きみの声を聞かせて』など。

今日の1さつ

丁寧な絵、楽しい内容、ストーリーも含めてバランスのとれた1冊だと思います。時々「ふ、ふ」と少し声に出してわらってしまいました。本当にステキな1冊! 次も楽しみです!(50代)

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