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放課後の文章教室

第5回 自分を書く 3

翻訳家になるためには

「書くこと」について、若い人からの質問に、作家・小手鞠るいさんが答えます。

––––来年の夏休みに、交換留学生として、イギリスでホームステイをします。英語をモノにして、将来は翻訳家になりたいと考えています。ただ心配なのは、英語の勉強に没頭すればするほど、日本語が下手になっていくような気がすること。小手鞠さんは長いあいだアメリカで暮らしているわけだけど、自分の日本語力が落ちていると思うことはないのですか?

(森山まりな、14歳、奈良県吉野在住)

 森山さんのホームステイを心から応援します。
 英語だけじゃなくて、イギリスの文化、生活習慣、イギリスの人たちの考え方、感じ方などにじかに触れ、驚いたり、新しい発見をしたり、何かを見直したり、とにかくカルチャーショックをいっぱい受けて下さいね。
 そのカルチャーショックは、翻訳家になったときにもきっと、役立つはずです。
 私も、アメリカに引っ越してきたばかりのころ、毎日がカルチャーショックの連続で、朝から晩まで冷や汗をかいたり、恥をかいたり。
 たとえばガソリンスタンドに車を入れて、いつまで経っても出てこない係員をじっと待っていました。アメリカでは、自分で車にガソリンを入れなくてはならないのです。
 たとえばある日、デリに入って、サンドイッチを注文しようとしました。パンの種類と、パンにはさむ中身を選んで、店員さんに作ってもらうようになっています。
 「ポテトサラダサンド、ひとつ」
 と注文したら、アメリカ人の店員さんは私の顔をまじまじと見つめて、こう叫ぶではありませんか。
 「なんだってー? ポテトサラダのサンドイッチ? そんなものがこの世に存在していたとは驚きだ。見たことも聞いたこともないぞ!」
 皮肉たっぷりなジョークに、まわりの人たちはゲラゲラ笑っています。本当に恥ずかしかったです。アメリカには、ポテトサラダをパンにはさんで食べる人はいない。従って、ポテトサラダサンドも存在していないのです。
 英会話に関しても、びっくりすることばかりでした。
 何しろ、中・高校で習った英語が、悲しいくらい通じない。かと思えば、疑問文は使う必要がなくて、ただ肯定文のうしろを少し上げて発音すれば、それで疑問形になる。何がむずかしいかって、それは冠詞と複数形。フレンチフライ、じゃなくて、フレンチフライズ、と言わなければ通じない。反対に、三単現のSなんて、あってもなくてもどうってことない。関係代名詞とか、分詞構文とか、仮定法過去とか、必死で頭に詰めこんだ「あれ」はいったいなんだったの?
 などなど、例を挙げていたら、いくらページがあっても足りないくらいです。
 こんな私ではありましたが、アメリカでの年月を重ねていくにつれて、少しずつ英語の聞き取りや会話もできるようになっていきました。
 あくまでも、少しずつ、です。1年経ったときにはやっと「1歳児の英語」が、5年経ったときには「5歳児の英語」が身についたかな、という感じで、森山さんの書いている「英語をモノにする」ためには、まだまだ長い年月がかかりそうです。

 さて、ここからがいただいた質問に対する回答になりますが、私の場合、どんなに英語が上達しても、日本語力が落ちる、ということはまったくありませんでした。
 そう、まったく、です。
 アメリカで暮らし始めて、26年目を迎える今も、私の日本語力はまったく落ちていないし、これからも落ちない、と断言できます。むしろ、乱れた日本語や流行語に接していないせいで、基礎能力は上がっているのかもしれません。
 私のような例は特殊なのか、というと、そうでもないようです。
 アメリカに来てから知り合った、アメリカ在住の日本人の友人が何人かいますが、彼女たちの日本語は、どこもおかしくなっていません。
 また、ある友人は、英語力を身につけるために、渡米後、数年間は日本人の友人をつくらず、日本語も使わないようにしていた、と言っていましたが、彼女の日本語力はやはりまったく落ちていません。彼女は完璧なバイリンガルになっています。
 英語圏で暮らし、英語を使って生活するようになったからといって、人はそんなにかんたんに母国語を忘れたりしないのではないか、と、私は思っています。
 ただしこれは、日本語で人格が形成されたあと、言いかえると、日本語で思考することができるようになってから、外国で暮らすようになった場合に限られるのではないでしょうか。つまり、幼い子どもの場合には、日本語力は落ちて当然なのかもしれません。
 在米日本人の夫婦のあいだに生まれた子どもが、小学校へ上がるようになってから、英語しか話せなくなったというケースも、よく耳にします。
 もちろん、個人差はあると思いますが、森山さんも、日本語力が落ちるのではないか、といたずらに心配なさる必要は、ないかと思います。が、翻訳家を目指しているのであれば「落ちないように努力すること」を忘れないで下さい。
 というのは、翻訳家になるためには、外国語の力はもちろんのことですが、それと同じくらい、いえ、それ以上の日本語力が必要だからです。
 つまり翻訳家の真価とは、どれくらい日本語力があるかにかかっているのです。
 「え?」
 と、森山さんは首をかしげていますか?
 ちょっと考えたら、わかることです。
 私たちが翻訳書を読んでいるとき、私たちは、外国語ではなくて「日本語で書かれた文章」を読んでいるわけです。その文章がわかりにくかったり、すらすら読めなかったりしたら、その翻訳書は失敗作です。
 あなたにも、経験がありませんか?
 どうにも読みづらくて、「これ以上は読めない」と、翻訳書を途中で投げ出してしまった経験が。私には、あります。
 読者が「読みづらい」と感じるとき、その原因は内容ではなくて、常に文章にあります。日本人作家が日本語で作品を書くときよりも、さらに高度な日本語力が、翻訳家には要求されていると言っても、決して過言ではないのです。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『星ちりばめたる旗』『きみの声を聞かせて』など。

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