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放課後の文章教室

第4回 体験を書く 5

ノンフィクションから学ぶ

「書くこと」について、若い人からの質問に、作家・小手鞠るいさんが答えます。

 手紙でもメールでも、小説でもエッセイでも、同じことです。
 生き生きとした文章を書くためには、体験がいかに大切か、未体験であれば、想像する力がいかに大切なものであるか、遠藤さんにも、石村さんにも、町田さんにも、そしてあなたにも、しっかりと理解できたことでしょう。
 逆の言い方をすれば、あなたの体験したことはひとつ残らず、あなたの書く文章の栄養素になってくれます。
 あなたは、過去の経験をすべて、書くことに生かすことができるのです。
 大げさに聞こえるかもしれませんが、あなたは文章を、あなたの人生で書くのです。さらに言いかえると、あなたの書く文章は「あなたそのもの」でもあるのです(これについては、第5回でさらにくわしく述べます)。
 そう思うと、いい加減な文章、間違いだらけの文章など、恥ずかしくて書けなくなりませんか?
 たった1行の文章を書くためにも、何度も推敲を重ねたくなりませんか?

 ちなみに私は、かれこれ60年以上も生きてきましたが、まだまだ体験していないことが無尽蔵にあります。
 たとえば、戦争。
 私は戦争へ行ったこともなければ、戦場をこの目で見たこともありません。
 けれども、どうしても戦争について書きたい、と思ったとき、どうしたか。
 体験していないことを想像して書くために、私は、片っぱしからノンフィクション作品を読みました。
 ノンフィクションというのは、作家が現場へ出かけていき、そこで見たり聞いたりしたこと、すなわち体験したことを書きつづった作品です。ノンフィクション作家は、みずからの体験を私たちに語ってくれているのですね。
 私たちは一生、自分が体験できないかもしれないことを、一冊の本の中で、擬似体験することができます。
 こんなすばらしい「体験」があるでしょうか。
 4、5年ほど前、私は『アップルソング』(ポプラ文庫)というタイトルの長編小説を書きました。
 10歳の少女がアメリカに渡って、戦争報道写真家になる、という物語です。
 主人公は戦争報道写真家ですから、当然のことながら、世界各地の戦場や紛争地に行きます。行って、写真を撮ります。
 行ったこともない私が、それを書くわけです。
 この作品を書くために読んだ、たくさんのノンフィクション作品の一冊に、シリアで取材中に命を落としたジャーナリスト、山本美香さんの『戦争を取材する 子どもたちは何を体験したのか』(講談社)があります。
 その中に出てくる一場面をご紹介しましょう。

 グロズヌイの街はまるできょだいしんがおそったかのようにめちゃくちゃになっています。ビルにはほうだんが撃ちこまれ、壁に大きな穴があいています。民家の屋根は焼けおち、黒くすすけた柱だけが残っています。街は、てっていてきに破壊されてしまいました。配給所に並んでいた男性が、「ヒロシマ、ナガサキみたいだろ」とつぶやいた言葉を私は思い出していました。日本から遠く離れたチェチェンの人たちも、その昔、日本に原爆が落とされたことを知っているのです。

 ガレキの中をあるいていくと、ディーマたちは、崩れおちそうな一軒の家に入っていきました。だれも住んでいない廃墟のようです。まどガラスはれ、屋根や壁に穴があいていますが、雨や風をふせぐことはできそうです。台所のテーブルにはホコリが積もり、長い間だれも住んでいないことがわかりました。

 おくの部屋に入っていくと、木のベッドがひとつ置いてありました。毛布やふとんもあります。四人はぴょんとベッドに飛びのって毛布にくるまります。まるで子犬のようにしゃれあって、楽しそうに笑っている姿は、同年齢の日本の子どもたちと変わりません。

 チェチェンというのは、ロシア連邦のかたすみにある小国です。1994年から15年あまりの長きにわたって、ロシアとチェチェンは戦闘状態にありました。
 山本さんは、ロシア軍によって破壊されたチェチェンの首都、グロズヌイの町を訪れて、そこで見聞きしたことを作品に書いたのです。

 この文章から、あなたはどんな声を聞きましたか?
 この文章から、あなたはどんな場面を想像しましたか?
 あなたの聞いた声、あなたの想像したことが、あなたの「体験」です。
 その体験をもとにして、あなたはあなたにしか書けない文章を書くのです。
 私はこの作品を読んで、『アップルソング』の中に、次のような場面を書きました。

 そうなのだ、ここはいつか見た町であり、これから先も見る町に違いない。私が生まれたのはこの瓦礫のなかで、もどっていくのもまた、瓦礫のなかであるに違いない。ならば、私の「生」とは、絶望そのものであるとは言えないか。私の人生は、絶望の歴史であるとは言えないか。言えない、と言いたいのに、茉莉江には言えない。チェチェンを見てしまった茉莉江にとって、希望とは文字通り、望みのまれな状態なのだ。希望と絶望は、茉莉江にとっては、同義語なのだ。チェチェンの人たちと同じように。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『星ちりばめたる旗』『きみの声を聞かせて』など。

今日の1さつ

娘に読ませたくて、ホームズの本を探しておりました。現代マンガ風の挿絵のものもある中、こちらは当時の雰囲気が伝わる本格的な感じで、字も読みやすく、8才の子でもふりがながのっているおかげで、ちゃんと読めたようです。今まで児童文学文庫=岩波少年文庫と思っておりましたが、偕成社文庫のラインナップが気に入り、書店ではまず、こちらの棚をのぞいております。

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