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放課後の文章教室

第2回 友情を書く 3

まよい猫、さがしています

「書くこと」について、若い人からの質問に、作家・小手鞠るいさんが答えます。

 なんらかの動機がある、ということは、文章を書く上でとてもたいせつなこと。
 その話のつづきです。
 以下にご紹介するのはどれも、明治時代に生まれた作家、内田百閒(1889〜1971)の作品集『ノラや』(中公文庫)に出てくる文章です。今から60年あまり前(昭和32年)のツイートだと思って、読んでみてください。
 
 迷猫 麹町界隈薄赤の虎ブチに白
    尻尾は太く先が曲つてゐる
 お心当の方はお知らせ乞猫戻れば
 乍失礼呈薄謝三千円電33abcd
 
 これは、新聞の広告欄にのせるために作家が書いた文章です。かわいがっていた「ノラ」という名前の猫がいなくなってしまったため、作家はこのような広告をのせて、猫をさがそうとしたわけです。短い文字数のなかに、いかにして必要な情報をもりこむか、苦労したに違いありません。3日後、こんどは近所の床屋さんなどに、つぎのような文章を書いた紙を貼りだしてもらっています。
 
 猫ヲ探ス
 その猫がゐるかと思ふ見当は麹町界隈。三月二十七日以来失踪す。雄猫。毛並は薄赤の虎ブチに白毛多し。尻尾の先が一寸曲がつてゐてさはればわかる。鼻の先に薄きシミあり。左の頬の上部に人の指先くらゐの毛の抜けた痕がある。「ノラや」と呼べばすぐ返事をする。お心当りの方は何卒お知らせを乞ふ。猫が無事に戻れば失礼ながら薄謝三千円を呈し度し。 電話33abcd
 
 また、近所の小学校の子どもたちに手わたすための印刷物には、こんな文章を書きました。子どものために、新かなづかいを使った、とのことです。
 
 みなさん
   ノラちゃんという猫を
   さがしてください!
 その猫がいるらしい所は麹町あたりです。ねこの毛色はうす赤のトラブチで白い毛の方が多く、しっぽは太くて先の方が少しまがっていて、さわってみればわかります。鼻の先にうすいシミがあります。左のほっぺたの上にゆびさきくらい毛をぬかれたあとがあります。「ノラや」と呼べばすぐ返事をします。もしその猫を見つけたら、NKNK文具店に知らせて下さい。その猫がかえってきたら、見つけた人にお礼をさしあげます。
 
 猫はなかなか見つかりません。最初に新聞広告を出してから20日ほどのちに、新聞に折りこんでもらうための広告の文章を書いています。
 
 今一度
 迷ひ猫についてのお願ひ
一、 その猫は雄。名前は「ノラ」。「ノラや」と呼べば返事をします。
二、 からだは大ぶり。三月二十七日失踪までは一貫二三百目ありました。
三、 動作がゆっくりしてゐて逃げ出さない。
四、 毛色は薄い赤の虎ブチで背にも白い毛が多く、腹部は純白。
五、 尻尾は太くて長い。先の所がカギになって曲がつてゐます。
お見かけになった方はどうかお知らせ下さい。猫が無事に戻れば失礼ながら薄謝三千円を呈したし。電話33abcd
 
 それでも猫はもどってきません。5月には3度めの、6月には4度めの、新聞への折りこみ広告を出します。 3度めの文章はこんな内容です。
 
三たび 
迷ひ猫について皆様にお願ひ申します。家の猫がどこかに迷つてまだ帰つて来ませんが、その猫はシヤム猫でも、ペルシヤ猫でも、アンゴラ猫でもなく、極く普通のそこいらのどこにでもゐる平凡な駄猫です。
しかし帰って来なければ困るのでありまして、往来で自動車に轢かれたり、よその縁の下で死んだり、猫捕りにつれて行かれたり、さう云ふ事もないとは申されませんが、すでに一一考へて見て、或は調べられる限りは調べて、そんな事は先づないと思ふのです。
つまりどこかのお宅で迷ひ猫として飼はれてゐるか、又はあまり外へ出た事のない若猫なので、家に帰る道がわからなくなつて迷つてゐるかと思はれるのです。
どうか似た様な猫をお見かけになった方は御一報ください。お願ひ申します。

 このあとには、謝礼のことと、「その猫の目じるし」が箇条書きで9つ、書き記されています。5月には、英文のちらしまで作成しています。残念なことに、この猫はとうとう見つかりませんでしたが。
 いかがですか? いろんなことがわかってきましたね。
 わかりやすく書くために、作家は箇条書きをとりいれています。子ども向けに書くときには、子どもが読んでも理解できるように書いています。くり返し、同じ内容が書かれているわけですが、それぞれ、微妙に異なっていることがわかるでしょう。
 5月の「三たび」の文章には、猫を思う作家の気持ちが、行間からほとばしり出ているかのようです。
 このように、文章というのは「だれに向かって、どういう目的で書くのか」によって、そして、そのとき抱いている感情によっても、変わってくるものなのです。
  文章は、あなたが思っているほど単純なものではありません。それは変幻自在で、つかみどころのない、雲のような、風のようなものなのです。
 だからこそ、書くことは楽しいのだし、おもしろいのだし、人は一生を通して、つねに何かを書きつづけていくのではないでしょうか。

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profile

  • 小手鞠るい

    小手鞠るい

    1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』(新潮文庫)で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』(講談社)でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『星ちりばめたる旗』『きみの声を聞かせて』など。

今日の1さつ

表紙の絵やとちゅうの絵がかわいいのでレンちゃんや高田さんの気分になれて本の中の世界にすいこまれるのでドキドキハラハラしておもしろかったです。(9歳)

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